サンタとコカ・コーラの意外な関係?サンタ誕生秘話とコカコーラ美術館

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なぜサンタは赤い服を着ているのでしょうか?それはアートと関係しているのです。さらにはコカ・コーラとも大きな関係もあります。サンタ誕生秘話とコカ・コーラとの関わり合い、そしてアトランタにあるコカコーラ美術館についてご紹介します。

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以前、私はアメリカで美術関係の仕事に携わっていました。その中には、ポップアートを扱う仕事もありました。そんな過去もあり、冬のクリスマスが近づくと思い出してしまうアメリカン・ポップアートがあります。

それはサンタを描いた絵です。これまで色んな画家がサンタクロースのアートポスターを描いてきました。実はサンタクロースを描いた画家の歴史を知ることで、現在のサンタ像に至った過程を知ることができるのです。

サンタクロースの由来

3世紀後半、現在のトルコ・アナトリア地方に位置するミュラの司教であった「Saint Nicholas(聖ニコラウス)」がモデル。今でも正教会系の国においては、サンタクロースとは「奇跡者」の称号をもつ「聖ニコラオス(聖ニコライ)」を指すようです。

聖ニコラウスは342年12月6日に亡くなったと言われています。キリスト教を主な宗教とする国(ドイツ、オーストリア、オランダ)では、クリスマスの日とは別に「聖ニコラオスの日」が12月6日にあります。

聖ニコラウスを意味するオランダ語の「Sint Klaes」が英語で訛って「サンタ・クロース」となったようです。聖ニコラウスの服装は、ルパン三世が登場する『カリオストロの城』のクラリスの結婚式の際に登場した司教をご想像していただければよろしいかと思います。

ちなみに、イギリスでは「サンタクロース」という言い方はポピュラーではありません。「Father Christmas(ファーザークリスマス)」という呼び方をよく使います。

トナカイの登場

1822年、ニューヨークに住む神学者「クレメント・クラーク・ムーア(1779~1863)」が子供たちのために書いた詩『聖ニコラスの訪問』の中で、8頭のトナカイを従えてソリに乗ったサンタのシーンが登場しました。

しかし、この詩の中のサンタは現代のサンタ像とはかけ離れており、小さな妖精として書かれています。

『聖ニコラスの訪問』を描いたトーマス・ナスト

クレメント・クラーク・ムーアの詩『聖ニコラスの訪問』を具体的に絵で表現した画家がドイツ生まれのアメリカ人の風刺画家「Thomas Nast(トーマス・ナスト)」です。

トーマス・ナストのサンタクロース
wikipedia

トーマス・ナストが描いたサンタは、『聖ニコラスの訪問』を忠実に再現しているために、まだ小さな妖精でした。その後に有名な3人のアーティストによって描かれたサンタが注目を集め、徐々に現在のサンタ像へと変貌していきます。

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サンタを描いた有名アーティスト3名

現在のサンタ像につながる有名アーティストを3名ご紹介します。

Joseph Christian Leyendecker(J.C.ラインデッカー):1874-1951

ドイツ生まれのアメリカ人のイラストレーターで、1896〜1950年にかけて雑誌『Saturday Evening post(サタデー・イヴニング・ポスト)』の表紙イラストレーターとして大活躍しました。サンタの絵ではありませんが、画風はこんな感じです。

Joseph Christian Leyendecker(J.C.ラインデッカー)の画風
Waiting For The Word

Norman Rockwell(ノーマン・ロックウェル):1894-1978

1916〜1963年にかけて、J.C.ライエンデッカーと共に『サタデー・イヴニング・ポスト』の表紙のイラストレーターとして活躍しました。絵を見てお気づきになられた方もいらっしゃるかもしれませんが、ライエンデッカーを尊敬し師として仰いでおり、画風もそっくりです。

Norman Rockwell(ノーマン・ロックウェル)が描いたサンタ
Don O'Brien

ノーマン・ロックウェルの絵は日本でも有名なので、ご存知の方も多くいらっしゃるかと思います。アメリカの市民生活を風刺した作品が多く、アメリカ人の心を捉えているため、アメリカ的な画家の一人と言われています。

Haddon Sundblom(ハドン・サンドブロム) :1899-1976

ハドン・サンドブロムが描いたサンタクロースは世界中に一気に広まりました。字が読めなく、雑誌なども購入しない人たちの間にも広まったのです。それはコカ・コーラ社が企業広告として使用し、世界中に広めたからです。

コカ・コーラ社が考えたイメージ戦略

コカコーラ社は、1920年代にクリスマスシーズンの広告として、サンタクロースを取り上げ始めました。当時は麻薬やカフェインが含まれているイメージがあり、新たなブランド戦略を打って子供や女性の市場を開拓する必要があったのです。

ハドン・サンドブロムがムーアの詩『聖ニコラスの訪問』からイメージして描いたサンタは、温かく親しみと愛嬌があります。さらにサンタの赤い服もコカコーラを象徴するイメージカラーにピッタリです。

コカコーラ社のサンタ
Insomnia Cured Here

これは、私の想像なのですがコカコーラ社がノーマン・ロックウェルを起用しなかったのは、ロックウェルはすでに超売れっ子であったこと、そしてロックウェル自身もコーラの広告塔となる作品の制作を拒否したのではないかと思います。

コカコーラ社がサンドブロムに支払った制作料は破格でした。当時、700ドルで車が購入できた時代に1000ドルの報酬を一作品に対して支払っていたらしいです。

1931年、サンドブロムが描いたサンタは『サタデー・イヴニング・ポスト』のコークの広告の中でデビューしました。その他にも『レディーズ・ホーム・ジャーナル』『ナショナル・ジオグラフィック』『ニューヨーカー』などの雑誌にも登場しました。

さらに、世界中のコカコーラの販売店にもサンタのポスターが貼られるようになり、世界中の人の目に触れることとなります。

コカコーラのサンタのポスター
Miel Van Opstal

彼が描いたサンタの原画は、パリのルーブル美術館をはじめ、ロイヤル・オンタリオ博物館(トロント)、科学産業博物館(シカゴ)、伊勢丹デパート(東京)、及びNKデパート(ストックホルム)などでも展示されています。

サンタの顔のモデルは実在した人物で、サンドブロム氏の友人です。引退したセールスマンの「Lou Prentiss(ルー・プレンティス)」です。

参考サイト(Coca-Cola UK : HP)
Coca-Cola and Father Christmas: The Sundblom Santa story

サンタの原画が見れるコカコーラ美術館

コカコーラ美術館と呼ばれているようですが、正式名称は「The world of Coca-Cola(ワールド・オブ・コカコーラ)」です。コカ・コーラの本社もワールド・オブ・コカコーラもアトランタにあります。

ハドン・サンドブロムが描いた多くのサンタの肉筆画が展示されています。他にもコカ・コーラの華やかな歴史をうかがえる懐かしいポスターや、各時代ごとでデザインが違うボトルなども展示されています。

ちなみに、各国によってコーラの味付けは微妙に異なるのですが、ワールド・オブ・コカコーラでは各国の飲み比べもできます。

The world of Coca-Cola の情報

住所:121 Baker Street NW Atlanta GA 30313 - 1807
電話: (404) 676-5151 or 1-800-676-COKE (2653)
時間: 年中無休 / 営業時間はウェブ(Hours of Operation)にて要確認
URL:http://www.worldofcoca-cola.com/explore/explore-inside/explore-pop-culture-gallery/
※アトランタ市内を東西南北と十字に走る地下鉄が交差している「Five Points 駅」のすぐそばにあります。

最後に

クリスマスシーズン向けのトリビア的な話題をご紹介しました。クリスマスパーティの席での話題の一つとしていかがでしょうか。ぜひコーラが大好きな方は、アトランタのワールド・オブ・コカコーラに足を運んでみて下さい。

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この記事を書いた人

ケン
ケン

日本の大学を卒業後に、フランス、イギリス、アメリカを渡り歩き、気がつけばセブで生活をしている50代半ばのオッサンです。酒とビリヤードを愛する男。セブでは、日本人よりフィリピン人のほうが友達は多いです。ちょい悪オヤジになりきれない、か弱いオヤジ。今までの経験を通して、私らしい情報発信ができれば幸いです。

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